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東京地方裁判所 昭和43年(むのイ)68号 決定 1968年6月26日

主文

本件各準抗告の申立はいずれもこれを棄却する。

理由

一本件準抗告申立の趣旨および理由は、申立組合弁護人上田誠吉他八名作成の昭和四三年一月二七日付準抗告の申立書ならびに同上田誠吉他九名作成の同年三月八日付準抗告申立補充書各記載のとおりであるからこれをここに引用する。

二一件記録並に当裁判所の事実取調によると次のような事実が認められる。すなわち、昭和四二年一二月一二日東京国税局収税官吏大蔵事務官野坂哲也は、方元俊および李五達に対する各所得税法違反、三和企業有限会社に対する法人税法違反の各嫌疑事件に関し申立人同和信用組合(以下申立組合という)本店店舗等において、また李五達および金年珍に対する各所得税法違反、三和企業有限会社および松本祐商事株式会社に対する各法人税法違反の各嫌疑事件に関し申立組合上野支店々舗等において、それぞれ臨検、捜索および差押を行うため東京簡易裁判所裁判官に対し各臨検、捜索、差押許可状の発布を求めたところ、同日、同裁判所裁判官蜂谷明は右請求に応じて、申立組合本店々舗等の捜索差押許可状三通、同組合上野支店々舗等の捜索差押許可状四通を発布した。そして同年一二月一三日右各許可状にもとづき、収税官吏木場初らは申立組合本店々舗等の、同小林一誠らは同組合上野支店々舗等の各捜索を行つた結果、昭和四三年一月二七日付準抗告の申立書添付の差押目録記載の各物件を差押さえたこと、右各差押物件は昭和四二年一二月一四日から順次差押を解除されて申立組合に還付され、昭和四三年五月二二日には全差押物件の還付が完了したことが認められる。

三右のように、本件各差押物件が全て差押を解除され申立組合に還付されてしまつた現時点では、申立組合には本件差押許可の裁判ないし差押処分の取消を求める実益は消滅していることが明らかであるから、右の点に関する準抗告の申立はいずれも棄却を免れない。

(なお、当裁判所の事実取調の結果に照らしても、所論の本件捜索、差押許可の裁判についての違法、不当は認められない)

四申立人はさらに東京国税局長らがゼロックス等の機械を用いて複写した各差押物件の複写物一切を申立人に引渡し、または廃棄せよ、との裁判を求めているが、刑事訴訟法四三二条によつて準用される同法四二六条二項の更に必要な裁判に右のような裁判は含まれないものと解すべきであるから、本件準抗告の理由の有無にかかわらず、右の点の準抗告の申立は不適法として棄却さるべきである。

五以上のとおり、本件各準抗告の申立はいずれも棄却されるべきものであるから、刑事訴訟法四三二条、四二六条一項により主文のとおり決定する。(目黒太郎 片岡正彦 涌井紀夫)

申立の趣旨

三和企業有限会社及び、松本祐商事株式会社に対する各法人税法違反等嫌疑事件並びに李五達、金年珍、方元俊に対する各所得税法違反嫌疑事件について、

(一) <省略>

(二) 右許可の裁判に基づき、東京国税局局収税官吏木場初が同年同月一三日申立人に対しその本店においてなした別紙差押物件目録(一)記載の物件およびその余の物件(右東京国税局長らが差押物件目録を作成しないで差押え、還付した物件)に対する差押処分、および、右東京国税局長、同局収税官吏小林一誠が同月一三日申立人に対しその上野支店においてなした別紙差押物件目録(二)記載の物件およびその余の物件(右東京国税局長らが差押物件目録を作成しないで差押え、還付した物件)に対する差押処分を取消す。

(三) 右東京国税局長らは、同人らが、ゼロックス等の機械を用いて複写した右各差押物件(差押物件目録を作成しないで差押え、還付した物件をも含む)の複写物一切を申立人に引渡し、または廃棄せよ。

との裁判を求める。

申立の理由

第一本件裁判及び処分の経過

一 申立人組合について

申立人同和信用組合は、東京都内に住所または営業所を有する公共的金融機関であり、在日朝鮮人中小商工業者が日本の金融機関から差別的扱いによつて正常に融資を受けられない状況下で、これら中小商工業者を組合員とし、中小企業等協同組合法に基いて自主的に設立された信用協同組合である。肩書地の本店をはじめ都内七箇所に支店を有し、組合員は一万六千名、預金額は一三〇億円に達する信用組合として在東京の朝鮮人の営業と生活に欠かせない存在となつており、又、永年の誠実な業務処理から金融業界の信用も極めて厚いものがある。

二 東京国税局等の本件差押処分がなされるまでの経緯

東京国税局長は、昭和四二年一二月一三日申立人組合の本店に対し東京国税局収税官吏木場初と共に、上野支店に対し東京国税局収税官吏小林一誠と共にそれぞれ左記の如き臨検、捜索と差押処分を行つた。

(1) 申立人組合の本店に対する差押

申立人組合の本店では右同日午後、理事長をはじめ営業部長など責任者は不在で営業部預金係長と一八名の職員だけが業務に従事していた。午後二時四〇分頃は勿論営業中で顧客十名が来店していた。東京国税局は、この頃日本通運のトラックを使いダンボール箱五〇箇を本店前に運び、査察官約一〇名がダンボール箱を通路につみかさねた。午後二時五〇分頃、木場査察官を責任者とする約一〇〇名の査察官が無線機一台をもつた警察官三名と共に本店に入り、計画に基づく任務分担を従つて、一部の査察官は正面の扉を内側から閉ざし、あらかじめ用意してきた「国税犯則取締法第九条により立入を禁止する」と墨書した貼紙を戸に掲示し、入口を見張り、外部からの立入を一切遮断し、他の一五名は、営業部の電話を占拠し、職員が電話をしようとしても電話器に手をかけさせず、その手を殴打する暴行にまで及んだ。残りは、一九名の職員をそれぞれ三、四名で包囲し、身動きの全く出来ない状態に陥し入れるほか、全ての出入口に内部から施錠した。査察官は、その立入権限を明らかにすることもなく営業時間中の組合本店に多数の査察官を投入しその業務を停止させたのである。三時すぎこの異常な事態の連絡をうけて岡田、中西両代理人弁護士が本店に到着し、査察に立会わせるよう要求したが、正面入口を閉ざした査察官は、前記の貼紙を指さしその要求を全く無視し、「絶対に入れることはできない」と公言してはばからなかつた。このように、外部からの立入、内部から外への連絡を断ちながら査察官数名はダンボール箱を本店内に備え、数分の間に運び込み、次いで約一五〇名の制服警察官が本店内に乱入した。

営業部預金係長らが査察官に対して身分を示す証票と強制査察の許可令状の提示を求めたところ、査察官は令状らしきものをチラリと懐から出すと、直ちに懐に収めてしまい、何人の犯則嫌疑にかかる、如何なる犯則事実に関して、申立人組合本店の如何なる場所を臨検、捜索するのか、また差押をする物件が何かなど記載の内容について知ることは勿論、それがはたして有効な許可令状であるのかさえ全く不明の状態であつた。営業部預金係長は、木場査察官に対し、査察には協力するが責任者である営業部長がいないので暫く待つてもらいたいこと、及び営業部長と連絡をとりたい旨話したが、木場査察官は、連絡することを許さず、約一〇分後、警視庁原宿署勤務司法警察員巡査部長新井敬、同司法巡査関登を「立会人」と定め、「開始!」という号令の下に組合の帳簿一切の差押を開始した。この頃営業部長は、正面入口において立入を要求していたが拒否されていた。査察官は、机の上にある帳簿、手形、貯金通帳など一切を手当り次第に押し込み、机の引き出しに入つている書類、手帳に至るまで鍵のかかつている引き出しはドライバー、ドリルを用いてこじ開けダンボールに詰め込んだ。また他の査察官は、本店二階の金庫の中から五年間にわたる伝票、普通預金、当座預金、定期預金元帳、貸付禀議書、債権保全に関する書類袋、手形記入帳、貸付金期日帳、担保記入帳など、全ての帳簿書類をダンボール箱の中に詰め込み、一五〇名に及ぶ査察官の人垣によつて守られながら次々に本店の外へ連び出した。申立人組合の組合員らは一万六千名を数え、その預金額ならびに取引額は巨額にのぼる。かかる社会的に重要な機能を営む金融機関の中枢である帳簿書類を驚くべきことにことごとく運び去つたのである。どれ一つ紛失しても、明日からの営業に重大な支障をきたす書類の強権力の発動による搬出に対して組合職員が正当な(国税犯則法第七条)、また最低限の要求として、査察官に帳簿、書類の差押目録の謄本を請求したが、この要求すら蹂躙された。差押目録を置いていつてくれという要求に対しては「帳簿、書類を持つていつてから作つてやる」と暴言をはき傲慢な態度をとり、全くとり合わず法律に定められた手続を無視し強行した。

あまりにも違法、不当極りない強制査察に対して、男子職員が帳簿、書類を運び去る査察官に対して抗議すると、多数の警察官が実力を振るつて部屋の隅へ連行排除し、あるいは白墨を使つて着衣の背中に印をつけたうえ、他の警察官などがそれをカラー写真で撮影するなどして被害者である職員をあたかも加害者であるかのように仕立てあげる態度をとつた。また、若い女子職員が口々に、強奪に等しい帳簿、書類の搬出に抗議すると、査察官は、帳簿で女子職員の頭を殴打し、あるいは毛髪をわし掴みにして引張り、あるいは警察官と共に足をけり、怪我を負わせ、更にほ押し倒すなど、暴行、傷害をはたらいた。また故意に顔の近くにカメラを近ずけ挑発し、女子職員を挑発して写真をとるなど悪らつな態度をとつた。また、査察官は帳簿、書類を搬出する一方、多数で、僅か一九名の職員に対し「公務執行の妨害をすると拳銃で撃つぞ」という公務員としてあるまじき暴言をはいて脅迫威圧を加え、さらには、「貴様らは国に帰つて組合をやれ」と公言したり等した。このような挑発と乱暴が職員に加えられるなかで、法律を完全に無視した強制査察は強行され、午後三時五〇分頃、国税局は、申立人組合の帳簿、書類等をあらいざらい持ち去つて引き上げた。

かくて、持ち去られ差押処分を受けた物件は、その後部分的に一部返還されたものの、現在なお差押えられているものは別紙物件目録記載のとおりである。

(2) 申立人組合の上野支店に対する差押

上野支店に対しては、右同日午後二時四七分頃から同六時頃までにわたつて強制捜索、差押が強行されたが、これに先立ち、同日午前一〇時頃、東京国税局査察官三名が「三和企業に関連した書類を見せてくれ」と訪れ、支店長が面会したが、支店長はすぐ会議に行かなければならないし、副支店長も大阪に出張しており、責任者が誰もいないから「明日の朝九時に来て調べる」ということで話がつき、査察官は「明日お願いします」といつて帰つた。ところが同支店の閉店まぎわの午後二時四七分に、査察官約五〇名が同支店の正面玄関から突如として侵入して来、そのまま何も言わずに二〇名位が二階へかけあがり、残りは一階のカウンターのまわりを囲み、ダンボール箱数十個を戸口の所につみ上げた。同支店の外には約三〇〇名の機動隊が包囲し、査察官らは裏口に施錠し、正面のシャッターはおろして出口をふさいだ。同支店にはまだ数名の客が、一階には男四名、女八名、二階には男四名、女四名の職員が居たが、この突然の乱入にびつくりして、預金係長が何事かと問うと「取調べに来た」というだけで令状もみせず、「責任者を出してくれ、話し合いたい」といつても査察官らはそつぽをむいて何も答えなかつた。

査察官らは、仕事をしている職員に「仕事をやめろ」、「黙れ」「書類にさわるな」と脅かし、支店と外部との連絡を断つため、電話の送、受信を中止させ、施錠した机をドライバーで無理にこじあけ、同行した金庫専門家にロッカーを開かせ、当座元帳、預金カード、決算書類、小切手、不渡手形等無差別に押収し、特に支店長、副支店長の机からは卓上カレンダー、日誌、便せんに至るまで押収した。

組合の職員らは、「午前中に明日任意の取調べに来ると支店長と約束したはずであり、責任者が立会うから責任者が来るまで待つてほしい」、「被疑事実と関連性ある書類か否か調べるために、令状により、書類を一つ一つ確認してから押収するように」と要求したところ、午後三時半頃預金係長に令状をちらつとみせただけで、「後で目録を置いていくからさわるな」、などとどなりながら、手当りしだいに書類をダンボール箱につめこんだ。

午後四時すぎに支店長が帰り、「責任者同士で話し合い、令状と押収書類を確認するため令状をみせるよう」にと申し入れたが、査察官らは令状は「さつきみせた」、「誰かがもつている」と話し合いには応じようとしなかつた。しかし、組各側の正当な要求に、ついに小林一誠査察課長が話し合いに応じたが、この最中に、査察官は、無制限に、組合側の確認もなしに勝手に押収した書類を入れたダンボール箱を次々と外へ運び出そうとした。

組合側は、彼らが違法に執行、押収した書類を、しかも話し合いの最中にもち出すことを阻止しようとしたが、午後五時半頃二階の窓ガラスに梯子をかけ、中の数枚のビニール製のブラインドをこしかけでズタズタに壊して、機動隊三〇名位が内部に侵入してきた。査察官が仕事を完了したにも拘らず、警官はマイクで「組合に監禁されている。こうなつたら暴力ででも外へ連れ出す。抵抗するものは全て逮捕する」と挑発してド、ド、ドとカウンター、机の上に土足で上りこみ、女性の髪をわしづかみにして引つ張り、肩をこずいたり押したり、腰、腹をけり、ネクタイをしめあげ、ワイシャツを破る等の暴行を加え、抵抗するものの背中にチョークで印をつけ、「こんな悪い奴は後で捕えておく為にチェックしとくんだ」とか、「こんな女は嫁に行けないぞ」とか暴言をはくなどの乱暴ろうぜきをつくした。

この結果、腰部打撲傷、両手打撲挫傷、上腹部打撲傷、両手捻挫等により五名の組合職員が負傷した。彼らはこのすきに、押収目録を置いていくとの約束も守らずに、正面シャッターをジャッキで無理に押し上げ、そこからダンボールを押し出しトラックで運び去つた。

査察官らが去つた後の現場は、机、いす等がたおされ、カウンターの敷ガラス、ブラインド、机の鍵、正面シャッター等の数十点が破壊され、伝票がとびちり、足のふみ場もない程の状態であつた。

第二差押許可の裁判は違憲、違法である

1 本件差押許可の裁判は国犯法第二条に基づくものであるが、同法は規定の体裁、立法趣旨からみて犯則嫌疑者自身に対する規定であつて第三者に対する強制査察を容認したものではない。なかんずく第三者の所持する「犯則に供したる物件もしくは犯則により得たる物件」(同法第二条)以外の物件に対する差押は許されない。即ち、同法は国税犯則者自身に対する強制査察に限つて認められるものであるから、明らかに犯則けんぎ者でもなければその他税法違反の調査対象として追求をうけているのでもない全くの第三者、せいぜい参考人にすぎない申立人組合に対して第二条にもとずく許可状を発付することは法的根拠のないものである。

2 差押は犯則事件調査のため必要ある時に限つて許される。

国犯法第二条は明文上このことを明らかにしている。本件捜索差押は必要性の要件が満たされていなにも拘らず許可状が発付された違法がある。

租税犯罪の調査は原則として可能な限り任意調査にするべきである。任意調査ではその目的の遂行が不可能であることが明らかである時にはじめて刑事捜査と同じ権能が収税官史に与えられる。従つて裁判官は、その許可状発付にあたりその必要性を十分吟味しなければならないのである。

仮に第三者に対する強制査察が許されるとしてもこの場合の必要性の判断はより一層厳格でなければならない。

ところで本件においては組合が犯則嫌疑者でないことは明白であり、たまたまその取引先の脱税容疑に関する事件にすぎない。

申立人組合は犯則事件に何の関りあいもないのである。このような全くの第三者に対し捜索差押許可状を発付する場合は、任意調査の協力要請を数回拒否されたとか、予め任意調査に協力しない旨通告を受けた場合とかに限るべきである。しかるに申立人組合は、従前何年間にもわたり国税局の調査協力要請に対しては積極的に協力する方針をとつてきた。現に、できる限りの努力と協力を惜しまず必要な場合はゼロックス等によつて資料を交付したりしたこともあり、これは慣行化していたのである。その協力は昭和四一年六月以降だけでも二五件にものぼつている。ところが国税局は、許可状交付申請前には組合に対し何ら調査協力要請をしていない。従つて本件強制査察はその必要性がなかつたのである。国犯法第二条は許可状の請求につき「その理由を明示して」行うよう規定しているが、憲法三五条の趣旨からしても犯則嫌疑事実を主張、琉明する必要のあることは勿論、それだけでは足りず、その犯則嫌疑事実調査のため強制査察が必要である点の琉明がない限り、令状発付は許されないのである。(参照昭和三〇・三・三一法曹会決議)

裁判官は必要性の琉明もないまま本件許可状を発付したのであり、その要件の判断を誤つたのであるから本件捜索差押許可の裁判は違憲、違法である。

3 本件許可状の請求に際し、犯則嫌疑事実が十分琉明されていないから、本件許可状は、違憲、違法である。

4 かりに第三者に対する強制査察が許されとしてもそれは犯則嫌疑者に対するもの以上に差押えるべき物件が厳格に特定されたうえ、その存在を認めるに足りる十分な琉明があつた時に限られるべきである。

そうでない限り、全く何の関係もない第三者の犯則容疑で、それの証拠となるべき物件が何もないのに強制査察を受けるという危険にさらされることになつて憲法で保障されている住居等の不可侵は、有名無実となつてしまう。本件差押許可状交付申請に当り、取引先脱税容疑の証拠物となる書類が組合に存在するという琉明がないまま許可の裁判がされている。現実に三和企業については同和信用組合本店との取引がないのであるからその会社の脱税容疑の証拠物となる書類は当然存在しないにも拘らず許可状が発付されているということは琉明なしで裁判したという証明である。このように基本的人権を全く無視した裁判は違憲違法である。

5 本件許可状は、差押物件が特定されておらず違法である。

許可状の差押しようとする物件欄には「本件法人税法犯則嫌疑事件の事実を証明するに足ると認めれる営業並に経理に関する帳簿書類、往復文書、メモ、予貯金通帳、同証書、有価証券及び印鑑等の物件と記載されている。この程度の記載をもつてしては差押物件が特定されているとはいいがたい。これでは結局すべての帳簿等の書類の差押えを可能とする判断の余地があり、現に本件許可状に基づき申立人組合のほとんどすべての書類が強奪されてその営業麻痺の危険に陥れられたのである。

もちろん物件の標目を個別的に記載することは困難かもしれない。しかし少くとも犯則嫌疑事件との関連から帳簿の年度などを限定することは優に可能であつた。

これに関し、東京地方裁判所昭和三三年六月一二日付決定が参照されるべさである。右決定は、東京簡易裁判所裁判官の発した「被疑者を某、罪名を公職選挙法違反」差押えるべき物を「本件犯罪に関係ある文書、簿冊その他の犯罪に関係文書(頒布先メモ、頒布指示文書、同印刷関係書類等)及び犯罪に関係あると認められる郵送関係物件(封筒印鑑等)」とする捜索差押許可状を違法と断じている。右決定の場合は刑訴法第二一九条に基づく令状であるが国犯法第二条に基づく本件許可状も同様に解すべきであることはいうまでもない。

6 本件のように公共的金融機関に対しての強制査察についてはその必要性のほかに、なお査察に相当性がない限り許されないものと考えるべきである。つまり、捜索差押による権利侵害の重大性とそれによつて守られる法益とを比較して、後者が圧倒的優位をもつて認められたい限り強制査察の相当性がないといわねばならない。そもそも金融機関は預金者取引者の秘密を厳重に守る義務がある。預金者の秘密保護に関する信頼に欠けるならば、銀行業務の遂行はできない。信用は銀行の生命である。この信頼の上に立つて各種取引が行われ、資本主義経済が成立つているのであつて、国税当局自身、その通達をもつて行うよう命じているのである。既に述べたように申立人組合は、在京の朝鮮人の営業と生活に不可欠の存在であり、組合に対して強制査察をすることは、多数の組合員に対する営業生活破壊にまで及ぶことが予測されるのであるから、その権利侵害は尨大である一方、国税局の求める法益は僅少であることは明瞭であつて強制査察の相当性は全くないというべきである。

第三本件差押処分の違法性

一 国税局の本件差押処分は、前述の如き驚くべさ臨検、捜索、押収、差押の一連の手続の一環として行われたもので全体として不可分一体の違法執行手続体系を構成しているものであるが、この手続は左記に述べるように全ゆる点において前例のないほど自ら定めた国税犯則取締法の諸手続をすら乱暴にじゆうりんしてなされた行為であつて、同法違反ひいては日本国憲法に違反する違法行為と言わなければならない。

(1) 本件査察は、許可命状を事実上呈示せず、かつ法第六条第一項の立会権を全く拒否したまま行われている。即ち査察される申立人としては、犯則被疑者、犯則事実、並びに臨検場所、差押物件等を知る権利をもつことは、法治主義国家のもとで令状主義の建前をとる以上当り前のことであり、憲法第三五条の類推適用からも根拠づけられる。然かるに、本件査察では、申立人組合側の強い要求に対して令状を見せず、最後にようやく一べつさせた程度にすぎなかつた。申立人組合において、その内容は全く知る由もなかつたのである。その上、申立人組合の責任者や、代理人弁護士が立会のため店舗内に立入ることを実力で妨害し、警察官を「立会人」にして結局一方当事者である申立人組合の立会いをさせないままで強行したものである。法第六条の「収税官吏捜索ヲ為ストキハ………所有者、管理者………ニシテ成年ニ達シタル者ワ立会ハシムベシ」の規定をあからさまにじうりんしたやり方であつて、手続上違法であることは明らかである。

(2) 法第四条は「収税官吏ハ其ノ身分ヲ証明スベキ証票ヲ携帝スベシ」と定め、強制査察をなさんとするものの身分と権限の責任の所在を相手方に知らしめ、もつて相手方を保護すべきものとしている。ところが、本件においては、査察官達は、身分証明書の呈示を求めても一笑に付し、本来責任態度をもつて行う場合には到底とり得ないような暴力的やり方で強制査察を強行したのであり、この点からも重大な手続違反のあることは明白である。

(3) 法第七条第一項に基づく領置目録謄本交付義務違反。申立人組合は、査察官の領置手続終了後直ちに領置物件の目録の謄本を請求したところ査察官は「この場ではさわがしい。国税局で作成交付する」と言い逃れ、申立人の法に基づく正当な要求を拒絶した。これは法第七条第一項「収税官吏………差押ヘタルトキ又ハ領置シタルトキハ其ノ差押目録又ハ領置目録ヲ作ルベシ但シ所有者又ハ所持者ハ其ノ差押目録又ハ領置目録ノ謄本ヲ請求スルコトヲ得」の規定に違反すること明らかである。

目録は正当な手続を保証すると共に、押収された者に対し物件を明示して、後日の紛失を防ぐためのものである。従つて、条文の当然な解釈によれば、将に領置したその場で当事者立会のもとで目録と持去る物件とを対照させて行うところに意味があるのである。しかるに、査察官はこれを無視して手当り次第にダンボールに詰め込んで持去つてしまい、申立人組合としては何が幾つ持去られたか皆目見当のつかない状況であり、「法の手続」として持去られたものとは到底言い難く、あたかも強奪された如き感じがあつた。その後、東京国税局に対する再三の強い抗議と目録交付要請がなされた末、ようやく翌一四日交付したにすぎない。従つて右交付された目録が持去つた物件を全部網羅したものかどうか不明という有様なのである。この点においても、重大な手続違反があることは明白である。

(4) 査察官及び警察官の組合職員に対する暴行と組合店舗に対する破壊は、将にギヤングの「殴込み」ともなぞらえるべき状況であつた。暴行による申立人職員の受傷被害は、本店で五名、上野支店で六名にのぼり、しかもその半数以上は女子職員である。将に法の名のもとで、申立人信用組合に対する威力業務妨害、信用毀損、暴行傷害、侮辱、職権乱用等数々の無法行為が公然と行なわれたのである。その上、ウインド、ブラインドを引きちぎり、シャッターを壊わし、金庫を損壊し、職員の私的な机の引出をこじあける等の器物損壊が行われ、将に考えられる限りの「実力行使」が行われた。東京国税局の本件行為は誠に前例のない蛮行であつて社会の平安を破る秩序破壊的行為として指弾されなければならない。かかる態様の査察は差押処分そのものを違法ならしめるものと考える。

(5) 犯則嫌疑事件として全く無関係の多数物件に対する差押は許可令状の範囲を完全に逸脱した違法処分である。

東京国税局は、本件各処分により、合計一千点以上に達する帳簿、書類の差押えを行つたが、その大半は(九〇%近くと推定される)、東京国税局が査察の理由として主張する犯則嫌疑事件とは無関係な物件である。即ち、別紙差押物件目録記載の物件のうち、Aと記号されたものは嫌疑事件とは全く無関係の文書であり、Bと記号されたものは各帳簿の極一部に僅か関係箇所があるかと推測されるだけで、大判を占めるそれ以外の部分は全く関係のないものであり、いずれも差押許可の対象外の物件なのである。(差押えられているので、現物を精査することができないから、推測の域を出ない。現物にあたれば無関係物は一層拡大するであろう)これらの物件に対する差押は必要性の有無を論ずるまでもなく違法処分であることは明らかである。Cと記号されたものは犯則嫌疑者の取引等に関係するかとみられるものであるが、前述のとおり申立人店舗に存置したままで申立人の協力の下に写しをとるなり必要な措置の講じ得るものであり、東京国税局が是が非でも現実に占有してその支配下においてしまわなければならないものではない。

二 国税局が差押物件のすべてにわたつてゼロックスをとり、正確な写しを作成してこれを保有することは、臨検、捜索、差押許可令状による差押処分の範囲を逸脱した違法処分である。

本件許可令状は臨検、捜索、差押処分に関するものであり、国税犯則取締法第二条に基づく差押は収税官吏が犯則事件の証ひようとなる物件等の占有を強制的に取得する処分であり、それにつきるものである。

ところが国税局は犯則嫌疑事件と全く無関係の多数の物件を差押えたばかりでなく、その差押物件のすべてについてゼロックスをとつたのである。

差押物件について、ゼロックスなどでその原本よりもよみやすい複写をとつてこれを保有するということは、単に差押後の事実上の行為ではない。まづ、差押物件を閲読してその内容を記憶にとどめ、或いはその必要部分を手写するなどの行為と、ゼロックスなどで、その完全な複写をつくつて保有することは同質ではない。

前者においては差押物件の内容が人の記憶や、手写した人の作為を介して、記憶や手写物に転移する。しかるに後者においては差押物件はそのまま寸分ちがわない内容と形態で、つまりもうひとつの差押物件が国税当局の手に保有されているに等しい。とくに銀行帳簿などの差押物件としての意義はその記載内容それ自体にあるのであつて、物としての帳薄は三文の価値もない。物としての価値といえば、何も記帳されていない白紙の帳簿の方がはるかに高価でさえある。

ゼロックスによつて完全な複写物を保有することは、差押物件そのものをその原形において盗むことであり、帳簿の全価値をその手中におさめることである。それは差押物件の永久的保有、つまり物件の最終的な移転と同じ結果を生むのであつて、単純な占有の一時的移転をはるかにこえている。それは差押許可処分の許容する範囲をこえており、別個の法益を侵害するものと考えざるをえない。ゼロックスによる複写と、複写物の保有は違法である。ましてや、本件犯則嫌疑事実と関連がない差押物件に関するゼロックスなどの複写物の保有が違法であることは他言を要しない。

三 本件処分は、不純な政治的動機に基づき、もつぱら申立人組合の信用失墜を狙いその業務を妨害する目的のもとに行われたものであつて、正義と基本的人権尊重の原則に反する違法な行為である。

申立人組合は、管轄官庁の認可を得て設立、運営されてきた合法的な金融機関であつて、かかる金融機関に対しかくの如く大規模な強制査察の行われた例は未だ存しない。しかも、年末最も業務繁忙の一二月に、まだ営業時間内である二時五〇分頃(この時間は銀行業務は手形取引等最も多忙な時間である)、大量の査察官と警察官を投入してきたのである。当時、店内にはまだ多数の顧客がいた。このような状況のもとにおける武装警官を大動員しての査察は申立人組合それ自体に何らかの不正行為があつたものとの印象を顧客ならびに一般人に与えることはさけがたい。しかも最も忙がしく又業務処理の正確、迅速を要する時点におけるかかるやり方は、明らかに申立人組合の信用の失墜と業務逐行の妨害を目的としているものと言わざるを得ない。

今回の申立人組合の本、支店に対する一連の大規模な捜索差押え=「強制査察」は、国税局が弁明しているような、取引先の在日朝鮮商工人の脱税調査を真の目的として行なわれたのではなく、実は脱税調査に名を借り、それを口実として、在日朝鮮人の民族的金融機関の中枢である同和信用組合の破壊を直接の狙いとして強行されたものである。

大量の警官に護衛された査察官は組合本店、及び上野支店になだれこむや、組合職員を排除しながら、机上及び金庫中の書類帳簿を手当り無差別に押収の上、用意してきたダンボールに投げ込み、その数は本店、上野支店あわせて五、六〇箱に及んでいる。

わずか数名の犯則嫌疑者に対してかかる大量の書類帳簿を押収する必要性がどこにあろうか。このことからも国税局のねらいが奈辺にあるかは、先にも述べたとおり、判然とするであろう。

しかもその上の手形交換はかかる必要のある手形、小切手まで押収し去つている。

もし交換に間に合わねば組合の信用は失墜するどころか、全く無関係な預金者にも迷惑を及ぼし或いは倒産者がでるかも知れないのである。預金者の保護には日頃から充分考慮しているはずの大蔵省がかかる暴挙をあえてなしたことは、その偽善性をここにおいても暴露しているといわざるを得ない。

そのことは、国税当局によつて加えられた強行査察の狂暴な実態、査察の強行を合理化させた「税務調査拒否」という事実の不存在、在日朝鮮人の中枢的金融機関としての同和信用組合の意義と役割、「日韓条約」以後の政治情勢、とくに日本政府の朝鮮民主主義人民共和国敵視政策とその反映としての在日朝鮮人の民族的諸権利への系統的な抑圧政策との関連においてみるならば、事態はきわめて明白であるといえよう。

第一に、強行された査察は既に前述したように、(イ)捜索・差押令状で特定された物件、書類以外の、すなわち嫌疑事実とは全く無関係な日常の金融業務全般にわたる一切の帳簿文書類を押収し、(ロ)捜索官憲は権限ある身分証明を開示せず、(ハ)令状も示さず、(ニ)組合関係者の立会も拒否し、(ホ)押収物件について目録も交付しない、という国税犯則取締法規さえも公然とふみにじつた違法な執行を行つた。そればかりでなく、整然と不当な査察に抗議する組合職員らに対し、官憲は民族的侮べつと排外的言動をもつて公然と中傷、誹謗を加え、暴行に及び、施設や物件を著しく損壊するなど野ばんきわまる暴虐行為を行なつた。しかも、これらは事前の抵抗を排除するという名目で、実際には適法な調査では妨害の事実やそのおそれもないのに警察機動隊を大規模に配置し、これらの官製暴力団の援護のもとに、不法な査察を実施したのである。

これらのいわば、銀行ギャングの白昼襲撃にもひとしい実態がきわめて異常な政治的志向をもつて展開されたことは、なにびとの目にも明らかであろう。

第二に、国税当局のいう、組合が税務調査を拒否していたから査察を強行したという点は虚構も甚だしい。

問題となつている組合との取引先業者にかんする国税当局の税務調査については、組合は、正しくこれに対処して、既に完了しており、また組合が従来、税務調査を拒否したという事実は全く虚偽仮空の創作で不当ないいがかりである。

第三に、同和信用組合を中枢とする在日朝鮮人の民族的金融機関は、日本政府の永年にわたる民族的差別政策により、在日朝鮮人商工業者が日本の金融機関から正常に融資をうけられない状況下で、これらの業者に融資を与えて、生活と営業の安定に寄与するために設けられた公共的金融機関である。それは在日朝鮮人の多年にわたる労苦の結晶である。

同和信用組合が、在日朝鮮人の民族的、公共的機関として果している役割はまことに大きい。それは在日朝鮮人多数の営業と生活の経済的血液であり動脈である。国税当局の強制査察、はこの血液をせきとめ、動脈を切断しようとする黒い陰謀にみちあふれている。そして、今回の査察にみられるような営業全般にわたる帳簿、文書の「強奪」は政府による金融機関の事実上の「接収」であり、営業の停廃止をも招くものである。政府の弾圧の狙いと効果は実にこの点にむけられている。そればかりか、権力は「強奪」した帳簿や書類を武器に預金者や取引先、顧客の営業収支を探知して新たな税弾圧のいとぐちに利用しようとしている。このような権力のファッショ的暴挙は断じてゆるされてはならない。

ちなみに「日韓条約」以後、国税当局による在日朝鮮商工人への「査察」や「特別調査」は全国的に激増の一途をたどり、狂暴な刑事、行政弾圧を受けている事例は既に二〇件余を数えている。

「査察」や「特別調査」の対象とされない在日朝鮮商工人に対しては、従前の税務調査の慣例や申告手続上の便宜的扱いをいつきよに排除して、税務法規の機械的苛酷な適用を強化し、更生決定処分を、乱発して重税を押しつけるなど、在日鮮朝商工人への意識的な税収奪は苛烈をきわめている。これらは一方において、「日韓条約」により日本が「韓国」に供与する有償、無償五億ドル「経済協力資金」の供給源を在日朝鮮商工人に求め、そのためことさら、非人道的に苛酷な弾圧を通じて収奪をつよめると共に他方、在日朝鮮商工人―その生活と営業を支えている民族的金融機関と、在日朝鮮人の民族的団結の組織である朝鮮総連―に経済的打撃を与えて、その強固な団結の経済的、政治的基盤を崩壊させようとする凶悪な政治的意図があることを指摘しなければならない。

このような状勢の中で、今回在日朝鮮人の民族的、公共的金融機関に加えられた日本政府の公然たる破壊活動は、一九四九年、朝鮮戦争の前夜に加えられたあの凶暴な一連の弾圧の序曲を想起させるものがある。

「強制査察」は明らかに在日朝鮮人と民族的諸機関に対する政治的弾圧であり、在日朝鮮人に対する民族的迫害と抑圧政策が新しい重大な段階にさしかかつていることを示している。

第四本件裁判および処分を取消す利益について

以上述べてきたような違法、不当な本件押収に関する裁判および処分を緊急迅速に取消すべき利益および必要性は現在なお強く存在している。

一、違法な本件差押によつて、強制的に占有を強奪された約八〇〇点にのぼる膨大な物件のうち、相当部分が返還を受けたのは事実であるが、現在なお、「伝票綴」を中心に五〇点の重要物件が違法に差押を受けたままになつている。ところで、伝票類こそはまさに銀行業務の動脈とも、血液ともいうべき最も重要な書類である。すなわち銀行、信用組合等の金融業務の基本的帳簿類である元帳、記入帳、日報等はすべて伝票を基礎にしてつくられ、また、通常、一つの取引から数多くの振替取引が生ずるが、それらはすべて伝票によつて処理されている。したがつて伝票は、各種基本帳簿の基礎になつているばかりでなく、各振替取引相互の関連を明確にする機能をもつており、伝票を媒体としてはじめて、銀行の取引を全体的に正確に掌握することが可能となるのである。また、押収された伝票綴の中には、小切手、約束手形、普通予金の支払請求書、領収書等のいわゆる「伝票代用証憑」も多数含まれている。組合員や他の金融機関からの手形の裏書の連続や、裏書人の氏名等についての問合せ、照会は、日常きわめてひんぱんにあり、これに対して迅速かつ正確に応答することは最も基本的で重要な銀行業務の一つであり、信用を維持していくうえにも欠くことのできない仕事である。そして、これは「伝票代用証憑」によつておこなつているのであり、これがなければ右のような照会に応答することができないのである。申立人組合の場合、これらの照会や問合せについて応答するために伝票類を照合する作業は、本店、支店とも、各一日約五〇回にも及んでいる。

ところが、本件違法押収によつて、これら金融機関にとつて重要不可欠の伝票類が強制的に奪い去られ、現在なお返還を受けていないため、申立人は取引の全体的、系統的把握ができず、諸帳簿の記帳の正確性の確認、立証ができないばかりか、組合員や他の金融機関からの問合せや照会にも応答をすることができず、業務は重大な支障をきたし信用の低下も免れない状態にある。

なお、現在まだ原本の差押が継続している伝票は、いずれも昭和四二年三月以前のものではあるが、右に述べたような伝票の重要性、必要性は、決算を終えた伝票だからといつて、なくなつたり減少したりするものではない。取引の全体的、系統的把握、諸帳簿の記載の正確性の確認や立証、問合せや照会への応答のためには、単に前決算期以後のものだけでは足りず、少くとも過去五年間ぐらいの伝票が一枚も洩らさず系統的に整理保管されていなければならないのである。

さらにいまなお原本の差押が継続している物件の中には「貸付禀議書」がある、「貸付禀議書」は、組合員の預金・貸付・出資・担保・取引の経過等を逐一記録した文書であつて、金融機関が貸付を起すかどうかの判断の資料として、欠かすことのできないものである。しかも不当に差押えられているのは、本件犯則嫌疑者の分だけでなく、本件犯則嫌疑事実とは何の関係もない、多数の組合員の分まで含んだ一綴りになつたものである。これが差押えられているため、本件犯則嫌疑者以外の者に対しても、新規の貨付をストップせざるを得ないという事態が現に生じている。また、貸付禀議書は、右に述べたとおり、組合員毎に預金貸付出資担保取引の経過等を逐一記録したものであるから、これを差押えられたことによつて、本件犯則嫌疑に関係のない多数の組合員までも、その財産および取引上の秘密を著しく侵害されるに至つているのである。

二、本件押収に関する裁判および処分を取消すべき利益および必要性は、単に未だ還付を受けていない五〇点にのぼる伝票その他の物件の還付の範囲にとどまるものではない。

(一) 東京国税局は、すでに述べたように、差押物件の交付はおろか、その作成すらもせず、本件犯則嫌疑事実に関係ある物件とそうでない物件との選別もしないままに、その場にあるありとあらゆる文書・帳簿類を手あたり次第に、まさに「強奪」そのままのやり方で、持去つた。こうして「強奪」した物件を国税当局は、管下の職員および複写機械を総動員して、複写し、その写しを手中に収めたのである。

国税当局が、違法な本件差押によつて強奪した物件について、本件犯則嫌疑事実に関係のないものについてまでも、コピーをとつたことは、国税庁長官泉美之松自身が国会において、はつきりと認めているところである。すなわち、昭和四二年一二月一五日の衆議員法務委員会において泉国税庁長官は、「(略)……その後もいろいろ調べてみますと、当方において証拠物件としてどうしても保管しておかなければならないといつたようなものでないものでございますので、そういつたものにつきましては、コピーをとつて証拠能力を保全しました上で返還する措置をとつているのであります。」と明確に述べているのである。

(二) 本件犯則嫌疑事実に関係のない物件までも強制的に持去つたこと自体、許すべからず違法な行為といわなければならないが、国税当局は、さらに、それらについて、ゼロックス等の複写機械を使用して、完全な写複を作製し、これを手中に収めたのである。

これはまさに、厳重に保護されるべき預金者の秘密を乱暴にじゆうりんし、不当に侵害したものである。また、預金者(組合員)や取引先の秘密が一斉に、全般的に国税当局に侵害され、その掌握するところとなつた結果、申立人の、組合員や取引先に対する信用は、急速に低下し、預金の引出し、出資金の引上げ、取引の解約等によつて、申立人の営業は深刻な危機的打撃を蒙るに至つた。

(三) もともと銀行、信用組合等の公共的金融機関は、預金者、取引先の秘密を厳重に保護する義務を負つており、秘密保護についての信用がきわめて高度であると一般に認められることによつてはじめて銀行業務の遂行が可能となるのである。国家権力といえども、これらの秘密を侵害することは許されない。現に国税当局も、昭和二五年通達をもつて、金融機関に対する一斉調査が許されない旨をはつきりと認めているのである。預金者の秘密の保護こそが、公共的金融機関の信用の基礎であり、もし、その侵害を容認するならば国の金融体系が大混乱におちいり、資本主義経済体制そのものが崩壊の危機にさらされることになるのであるから、これらの秘密を最大限に尊重し、その侵害を厳重に禁止することは当然である。そして、現実に、銀行、信用組合等に対する国税当局による強制査察、一斉調査はこれまで全然行われたことがなかつたのである。

ところが、国税当局は、このたび申立人に対して、すでに述べたように、まつたく前代未聞の違法・不当な捜索・押収をおこない、具体的な犯則嫌疑事実に関係のない文書帳簿類を大量に持去つたうえ、そのすべてについて、ゼロックス等による複写をとつて写しをその手中に収めたのである。

これが、いかに違法不当な暴挙であるかはもはやこれ以上の言葉を要しないであろう。

(四) しかも、本件で見逃してならないことは、このような違法な暴挙が、たまたま、現場に赴いた係官らの行き過ぎといつたような偶発的要素によつてひきおこされたものではなく、当初から入念に仕組まれた計画的な行為であり、その真のねらいは、本件犯則嫌疑とされている事実の裏付け資料を得ることではなく、申立人組合の預金者、取引先、顧客層の一斉調査であり、これら具体的犯則事件とは何ら関係のない多数の人々に対するあらたな税攻撃のための資料を入手することにこそあつたということである。

現に、国税当局は、このようにして入手した違法収集物件の写しを管下の関係税務署に配付したり、閲覧の機会と便宜を提供したりしはじめている。

これは、まさに、法を完全に無視した国税権力の許すべからざる悪用、濫用であるといわなければならない。

(五) ところで、国税当局は、すでに原本を還付した差押物件については、差押が解かれ、原状回復は終了したからもはや問題はないとの態度をとつている。

しかしながら、右に述べたとおり、本件差押物件のすべてについて、国税当局は、その複写物を掌中に把握しているのである。

これら、複写物は、今日の謄写技術の発達により、原本、原物と全く同一の正確性をもつて原本内容を示現しているものであり、これが国税当局の占有下におかれていることは、原本そのものが占有されているのと全く同じことである。

すなわち、これらゼロックス等の複写物が、国税当局の占有下におかれているかぎり、原状=違法な差押がなかつた状態=は未だ回復されたとはいえないのである。したがつて、差押物それ自体(原本)が還付されたからといつて、差押の効力が消失したということはできないのである。

未還付の原本はもとより、これらゼロックス等の複写物が一枚残さず、すべて還付されないかぎり、違法差押の状態は存続しており、したがつて、これら違法差押の裁判および処分は取消されなければならない。

準抗告は違法な強制処分に対する救済を保障した制度であつて、単に原裁判や原処分の取消にとどまらず、これらの単純な取消によつてなお救済されえない侵害については、その排除のために必要な裁判をすることができる。検察官が勾留中の被疑者に対する接見の指定をしない処分を争う準抗告において、裁判官はあらたに相当な接見指定をすることができるのである。申立人がゼロックス等の複写物の引渡又はその廃棄を求めるのは右の理による。

準抗告申立補充書

一、申立の趣旨(一)を左のとおり訂正する。

(一) 東京簡易裁判官蜂谷明が昭和四二年一二月一二日にした臨検捜索差押許可状二通による各差押許可の裁判を取消す。

二、申立の趣旨(二)のうち「別紙差押物件目録(一)記載の物件およびその余の物件(右東京国税局長らが差押物件目録を作成しないで差押え、還付した物件)に対する差押処分」および「別紙差押物件目録(二)記載の物件およびその余の物件(右東京国税局長らが差押物件目録を作成しないで差押え、還付した物件)に対する差押処分」とあるうちの「その余の物件」については現在の段階では、申立人においてこれ以上特定することは不可能である。

国税庁長官泉美之松氏は衆議院法務委員会(昭和四二年一二月一五日)において左のとおり答弁している。

「現場が非常に混乱いたしておりましたので、査察官といたしましては、これが被疑者の脱税事件に関係ある書類という風に思つて、それを国税局にもちかえつたものと思います。ところがよくよく調べてみると、その関連性は非常に薄いということがわかりましたので、そういつたものについては差押目録に記載せずに返還するという措置をとつておるわけであります。たしかにそういつた差押目録を作成しないで物件を引揚げたという点については問題があろうかと思います。(以下中略)」

申立人は帳簿、書類をあらいざらい持ち去られ、その際差押目録によつてチェックする機会も与えられなかつたため、何が持去られ、そのうちの何が差押目録に記載せずに返還されたのか全く知ることはできず、ひとり国税局のみがそれを把握しているのである。裁判所において国税局にその旨照会することにより、はじめて特定できるといわざるをえない。

三、申立の趣旨(三)のうち「右各差押物件」とは次のものを指す。

申立の趣旨(二)記載の別紙差押物件目録(一)記載の物件およびその余の物件(東京国税局長らが差押物件目録を作成しないで差押え、還付した物件)ならびに別紙差押物件目録(二)記載の物件およびその余の物件(東京国税局長らが差押え、還付した物件)

四、申立の理由第四、二、(三)記載の通達は、昭和二六年一〇月一六日国税庁長官より各国税局長宛通達である。

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